美輪明宏さんは女になりたいのじゃない、「女」になりたいのだ
テレビは見ていなかったのだけど、ネットで興味深いニュースを発見した。
J-CASTニュース : 「女になろうと思ったこと一度もない」 美輪明宏、実は女性が大嫌いだった
トランスジェンダー?で有名な美輪明宏さんは、女が着るような服を着、女がするような化粧をし、女がするような喋り方をしているが、「女になりたいわけではない」とのこと。 それどころか、「女は大嫌い」。
きっと、美輪さんが指す女ってのは、現実の女のことなんだろうな。
ではなぜ美輪さんは女のような格好をしているのか?
きっとそれが一番しっくりくるからなんじゃないかなぁ。
女になりたいから女の格好をするのじゃなくて、自分が理想とする姿が、あのようなものだったと。
自分は、女になりたいわけではなく、「自分の理想の姿」になりたいだけで、その理想像の見た目がたまたま現実の女と似てしまった……のではないだろうか。
書いていて、プラトンのイデア論を思い出したなぁ……。
美輪さんが女になりたくはないけどあのような姿を選んだように、私も、女に生まれ女にも男にも近い生き物として今の生活を選んだ。
と、勝手に自分に引き合わせてみる。
自分が女なのか?と問い掛けても、何か違和感を覚える。
しかし、女であることが嫌でもない。
でも、男の一部分に惹かれもする。
男になりたいわけではないけれど。
よく言われるけど、社会的に言われる「男」「女」なんて、環境とかによって作られるもので、その社会的な性別に違和感を覚え、自分に合った性別を選ぼうとするのがトランスジェンダー。
私はそう思ってる。
FtM(戸籍上は女だが男になりたい人)とかMtF(戸籍上は男だが女になりたい人)とかは、社会的性別に違和感を覚えることがノンケの人よりも多いから、そういう積極的な性別の選択をするのだろう。
だけど、トランスじゃない人も、ホントは自分で自分の性別を選択しているんだよね。
私の場合、中高はある意味女の子らしくない個性的なメンツが集まる女子校で、大学は男ばっかの理系という変な環境と、バイセクシャルだという要因から、周りの人よりは自分の性別に違和感を感じることが多かったのだと思う。
だから、トランスジェンダーとまではいかないけれど、こっそりFtX(戸籍上は女だけれど、中性になりたい人)を自称している。
それと同じように、戸籍上女に生まれて、自分の社会的性別について考えてみた結果女として生きることを選択したFtFの人や、その逆のMtMの人がいてもいいんじゃないだろうか。
無自覚に自分の性別を受け入れるのではなく、意識的に性別を選択する。選びなおすとも言えるか。
そのためには、やっぱ既存の「女像」「男像」を疑ってみることが一番だと思う。
私はそこから違和感を覚えた一人だから。
既存の「男像」「女像」と、自分は何かが違う。
世間では、「女は~だ」「男は~だ」と言われているけど、自分には当てはまらない部分もある。
そういうときこそ、社会的性別すなわちジェンダーを感じるいい機会だ。
その違和感を感じたら、
「じゃあ自分はどんなふうに生きたいのか?どんな人間になって、どんな性別で生活したいのか?」
ということを突き詰めて考えていけばいい。
その結果、
「世間で言われている一般像とは違うけど、私はこういう男/女になりたい」
ということが見つかるかもしれない。
そういう行為が、性別を意識的に選択する、ということ。多分ね。
んで、美輪さんの話に戻ると、あの人は社会的性別に違和感を覚えて、いろいろと突き詰めていった結果、
「男じゃない、多くの女みたいなのじゃない、何かになりたい」
と思ってああいうふうになったんじゃないだろうか。
だから、女になりたいわけじゃない、ってこと。
なりたかったのは、「理想の自分」なのかな。
現実の女ではなくて、イデアとしての「女」。
そんな風に思いました。まる。
J-CASTニュース : 「女になろうと思ったこと一度もない」 美輪明宏、実は女性が大嫌いだった
トランスジェンダー?で有名な美輪明宏さんは、女が着るような服を着、女がするような化粧をし、女がするような喋り方をしているが、「女になりたいわけではない」とのこと。 それどころか、「女は大嫌い」。
きっと、美輪さんが指す女ってのは、現実の女のことなんだろうな。
確かにこういう女はいるのかもしれないし、私も好きになれない。美輪さんが女性を嫌いなのは、無神経でふてぶてしくて、繊細さが無くて、ドーンと強い、ことなどだ。しかも、女性には、「でも」と「しかし」の切り札があって、それを後ろにずっと隠している。負けそうになると水戸黄門の印籠のように出してくるのだそうだ。美輪さんが例として挙げたのは、巨乳の女性が現れたとき。「うらやましい」「スタイルがいい」などと褒めるが、結局、「でも、あの人、頭悪そう」に持っていき、「負けない」状況を演出する。
ではなぜ美輪さんは女のような格好をしているのか?
きっとそれが一番しっくりくるからなんじゃないかなぁ。
女になりたいから女の格好をするのじゃなくて、自分が理想とする姿が、あのようなものだったと。
自分は、女になりたいわけではなく、「自分の理想の姿」になりたいだけで、その理想像の見た目がたまたま現実の女と似てしまった……のではないだろうか。
書いていて、プラトンのイデア論を思い出したなぁ……。
美輪さんが女になりたくはないけどあのような姿を選んだように、私も、女に生まれ女にも男にも近い生き物として今の生活を選んだ。
と、勝手に自分に引き合わせてみる。
自分が女なのか?と問い掛けても、何か違和感を覚える。
しかし、女であることが嫌でもない。
でも、男の一部分に惹かれもする。
男になりたいわけではないけれど。
よく言われるけど、社会的に言われる「男」「女」なんて、環境とかによって作られるもので、その社会的な性別に違和感を覚え、自分に合った性別を選ぼうとするのがトランスジェンダー。
私はそう思ってる。
FtM(戸籍上は女だが男になりたい人)とかMtF(戸籍上は男だが女になりたい人)とかは、社会的性別に違和感を覚えることがノンケの人よりも多いから、そういう積極的な性別の選択をするのだろう。
だけど、トランスじゃない人も、ホントは自分で自分の性別を選択しているんだよね。
私の場合、中高はある意味女の子らしくない個性的なメンツが集まる女子校で、大学は男ばっかの理系という変な環境と、バイセクシャルだという要因から、周りの人よりは自分の性別に違和感を感じることが多かったのだと思う。
だから、トランスジェンダーとまではいかないけれど、こっそりFtX(戸籍上は女だけれど、中性になりたい人)を自称している。
それと同じように、戸籍上女に生まれて、自分の社会的性別について考えてみた結果女として生きることを選択したFtFの人や、その逆のMtMの人がいてもいいんじゃないだろうか。
無自覚に自分の性別を受け入れるのではなく、意識的に性別を選択する。選びなおすとも言えるか。
そのためには、やっぱ既存の「女像」「男像」を疑ってみることが一番だと思う。
私はそこから違和感を覚えた一人だから。
既存の「男像」「女像」と、自分は何かが違う。
世間では、「女は~だ」「男は~だ」と言われているけど、自分には当てはまらない部分もある。
そういうときこそ、社会的性別すなわちジェンダーを感じるいい機会だ。
その違和感を感じたら、
「じゃあ自分はどんなふうに生きたいのか?どんな人間になって、どんな性別で生活したいのか?」
ということを突き詰めて考えていけばいい。
その結果、
「世間で言われている一般像とは違うけど、私はこういう男/女になりたい」
ということが見つかるかもしれない。
そういう行為が、性別を意識的に選択する、ということ。多分ね。
んで、美輪さんの話に戻ると、あの人は社会的性別に違和感を覚えて、いろいろと突き詰めていった結果、
「男じゃない、多くの女みたいなのじゃない、何かになりたい」
と思ってああいうふうになったんじゃないだろうか。
だから、女になりたいわけじゃない、ってこと。
なりたかったのは、「理想の自分」なのかな。
現実の女ではなくて、イデアとしての「女」。
そんな風に思いました。まる。
